映画が好き。そして予告あります。
- 黒羽 晃成

- 1月5日
- 読了時間: 4分
新年明けましておめでとうございます。
ボクは元気に健康で生きて家族とお正月を満喫することができて幸せ者です。
さて、そろそろ日常に戻っていくかという時、本日のブログでは〈 映 画 〉について個人的な趣味を語ろうと思います。
その前に少し、物語ってものについて。
人って自然と物語を求めてしまうものだと知ったのは、18歳の頃でした。
というのもその頃のボクは福島の田舎で高校卒業を控えていました。
勉強もほぼせず、取り憑かれたかのように映画を観はじめ、レンタルビデオのお店に毎週通っては、世界中の映画を借りて返却の繰り返し。
そして気づけば、東京の映画の専門学校へ進学。
そこでは、映画の勉強ということで今だに覚えているシナリオライティングの講師の先生が面白かった。
シナリオとは映画のお話しを言葉のみで表現している、いわゆる台本のようなもの。
なので、撮影するスタッフが読めば、どう撮るか?どんな時間帯で、どんな空間でのお芝居か?がわかるように書かれていたりします。
例えば...
◯午後の人がまばらな会社の喫煙所
アメリカンスピリットのソフトを握りしめ、タバコが切れていることに気づく悠太。
向かいに立つ、佳奈に尋ねる。
悠太「すみません、タバコ一本もらってもいいですか??」
少しだけ照れながら気まずそうにしながら佳奈に近づく悠太 佳奈「あ、はい、どうぞ」
ポーチから、アメリカンスピリットを出して悠太へ一本あげる佳奈。
悠太「あ、アメスピ! おれも同じです」
互いが照れくさい表情で笑い合う先には小さな窓があり、夕焼けに染まる茜色の空と
タバコの煙が立ちのぼっている。
こんな感じで、状況や役者の動作やカメラの構える位置などがわかるのものです。
そんなシナリオですが、案外とスラスラと書ける自分がいました。
でもクラスの気の合う生徒さんに読んでもらったりすると、色々な指摘が飛び交うのです。
Aさん「ラストの展開が物足りない」
Bさん「主人公の感情が16ページのシーン⑩で急に変わってて、置いてきぼりになる」
Cさん「起承転結の転が無い」
このように、自分ではうまく書けていると思っていてもトホホ、、、なことに。
それはなぜか? 人は無意識に映画で描かれる心理描写がたまらなく好き。
それが無いと2時間近くも観ていられない。
という仮の答えみたいなものが見えてくるのです。
先ほどの喫煙所のやりとりも、ハリウッド映画で観るようなような大迫力のカーチェイスも、そのシーンのみでは成立していなくて、感情や心情を表現しきれず、それでも映画全体とは密接に関連している。
よく、無駄なシーンは存在してはいけない。
そんな暗黙のルールのようなものが映画制作にはあります。
と、ここまで映画のお作法的なことを長々と書いてましたが、それをしっかりと守って制作する抜群の安定感のある映画と、予定調和な展開にみせてあえてリズムを崩すかのような変化を楽しむ映画もきっと観たことがあると思います。
ボクは後者の映画が観ていて好きなんだと思います。
ぱっと思いつく映画で言うと、、、
ある日突然、街が白い霧に包まれ謎の生物に襲われるパニックを描いた「ミスト」

人間の内側に光を照らすヒューマンドラマかと思いきや、残酷なラストにやられる「マミー」

そして観た人がほぼ100%トラウマになるだろう、そんな展開ってアリ!?となる

こういう映画は観たあと確実に、かつ自然に、心のどこかの部屋にしまわれる。
それは外部デバイスに保存する行為と違って、眼で見えない場所。
そこへいかに入れるかが、鍵になると思っている。
鬼気迫るような演技をみせてくれる演技や、世界観にどっぷりと浸れる映画も良い。
だけど少しだけ付け加えるなら、非日常の展開オンパレードな作品よりもどこか見覚えのある世界で起こる見えていなかった世界。これだ。
愛した人がいなくなった。
そして、どこにでもある川沿いの住宅地、でもそこで暮らしている私の隣には...

そんなこんなで、なかなか映画のこととなるとまとまらないボクなのですがいかがでしたでしょうか? 実は2026年には小規模な映画の制作を行う予定です。
続報をお待ちください。



コメント